仕事のストレスで睡眠不足。食欲もなくなってしまった。体調が悪くなってしまった体験談まとめ。
仕事のストレスで睡眠不足。食欲もなくなってしまった。体調が悪くなってしまった体験談まとめ。
体調不良になった体験談
体験談その1.揚げ足を取ってくる上司。食欲がなくなり10キロやせました。
以前働いていた職場ですが人間関係が大変だったり自己中な人がいて大変でした。
ある程度は仕方がない事だと思って仕事を頑張っていましたが、他の店舗に移動になってから、最悪な毎日が始まりました。
その問題の上司、仕事は確かに出来ましたが自画自賛が大好きな方でした。
それくらいなら適当に聞いておけばよかったのですが、「機嫌で仕事をしない」と言っていたにもかかわらずあからさまに機嫌の良い日悪い日と態度が違い、また私の仕事一つ一つをケチをつけ本店のやり方だからと言い返せないようにいってきました。
朝礼などで、私が従業員の方には伝達や気をつけて欲しい事など話すと「あなたが気をつけなさい」と揚げ足をとり、従業員のまえでボロクソいうのが日常茶飯事でした。
シフトも残業をさせないように削られて、そのせいでお店が回らないと私に「もっと急いで早く働け」と怒られたりしました。
毎日嫌で仕方がなかったですが、家庭もあり生活がかかっていたので辞めるわけもなく我慢していました。
理不尽すぎて毎日私はイライラしたり落ち込んだりしているうちに、食欲もなくなり、ご飯をあまり食べなくなって10キロくらい目に見えて痩せていきました。
睡眠もあまりとれなくなり、ねても仕事の夢ばかり見るので落ち着かなくなってきました。
その頃から何もしたくなくなり、誰とも家族でさえも話をしたくなく無気力な状態が続いたので、精神科病院にいったら抑鬱と診断されました。
安定剤と睡眠薬を飲み仕事をできない状態が続きました。このままではいけないので仕事を辞める決心をしました
体験談その2.ストレスで十二指腸潰瘍になるまで辞めることが出来ませんでした
私が以前勤めていた工場では、良い人と嫌な人の差がとにかく激しく、嫌な上司に延々嫌味を言われることも少なくありませんでした。それでもそんな嫌な上司がいても我慢できたのは、良い上司と同僚たちの存在のおかげでした。
しょっちゅう一緒に遊びに行ったり悩みを聞いてもらったりしていたので、嫌な上司のことはまだ耐えられたのです。
ところが仲の良い同僚が一人辞め二人辞め、頼りにしていた上司が全員異動になってしまい、嫌な上司だけが残ったのです。極めつけは一番相談を良くしていた仲の良い同僚が怪我のため長期休暇を取ったことでした。
辛いことがあっても相談できる人がいなくなってしまったのです。そうなってくるとストレスが溜まり続けます。
しかし、今の時代正社員として働いている身でありながら簡単に辞めることなど出来ません。正社員になるためにパート時代からコツコツと頑張ってやっと得た地位なのに、それを手放すことは当時の私には出来ませんでした。
それでも最後には辞めることになります。きっかけは体調を大幅に壊したことが原因です。病名は十二指腸潰瘍で、度重なる残業などの過労や上司からのストレスが原因だとしか思えませんでした。
これ以上この会社にいると本気でまずいと感じ、そこでようやく辞める決心がつきました。今は家で出来る仕事をやりながら日々平穏に過ごしています。
あの会社にずっといたら遅かれ早かれ精神まで壊す所だったと思います。
そんな訳ですので、ずっと言い出せませんでしたが、やめて正解だったと今ならハッキリ言えるのです。
体験談その3.尊敬できない10年目の先輩のストレスで胃腸炎とパニック症候群に。
3年目くらいから大きな仕事を任せられ、それなり充実していたのですが、たった2,3年くらいしか働いていないのに仕事の経験が豊富という理由で次から次に仕事を押し付けられるようになりました。
同じ係には先輩男性社員が何人かいましたが特に10年目の先輩があまりやる気がなく、係長と私がとにかく働いている状態でした。
ある日、私の持っている仕事がいっぱいいっぱいになり、連日夜中の3時過ぎまでやっても終わらず手一杯になってしまいました。
上司に相談して私の持っている仕事を10年目の先輩に分担したのですが、次の日に無断欠勤。分担したはずの仕事を私が片付ける事になり、何の軽減にもなりませんでした。
10年目の先輩は新入社員の頃、私の教育係だったのですが、嫌な仕事があるとふてくされて帰ったり、私にやらせたりと全く尊敬できない人でした。
これだけ働いても先輩より給料は低く、これ以上働いてもこの先輩の仕事が回ってくるだけだと上司に相談しました。
上司もその先輩には困っていたようで話をするのですが、そうすると無断欠勤。
しかも大切な仕事が入っているにも関わらず平気で休み、またその仕事は私がやる始末。本当にうんざりしました。
私は女性で、先輩は男性なのですが、工場に入ってクリーンスーツを着て機械を扱う過酷な仕事があるのですが、その仕事も先輩は10年いながらも逃げていて、工場内に入る仕事は全て私に押し付けていました。
「これ以上いてもいいように使われるだけ」と感じながらも頑張ったのですが、ストレスを感じ胃腸炎とパニック症候群になってしまい退職する事にしました。
会社を辞めたい事を親にもなかなか言い出せず、勇気を出して言ったところ「女なのに夜も遅く、土日まで働いてる事に心配していた。もっと楽な仕事があるだろ。」と言ってくれ、背中を押してくれました。
早く親に相談していればよかったです。
先輩が仕事を助けてくれたり、先輩らしい人だったら辞める事はなかったかもしれません。
会社にはストレスで体調を壊したなどとは言えず、ありもしない「結婚退職」という形で辞める事になりました。
体験談その4.鬱病の社長とストーカーの息子のせいで毎日腹痛に。
私が5ヶ月間働いたパン屋での話です。そのパン屋は某車会社の社長の息子が趣味で始めたようなパン屋でした。
そこで働き始めた理由は給与がよかったから。ですが、それは最初だけで研修期間がおわると店の関係で、勤務時間が変わり休みを増やされ給与が減りました。
仕事自体は販売だけの楽な仕事だったので初めは我慢していたのですが、毎日送られてくる社長からの謎の会社全体に送られるメール。
売上などの情報だけならわかりますが、他のパン屋の悪口やみんなが見ているメールでの個人への悪口。
そのメールを開封していないのが社長にバレると次の日のメールで注意される。さらに、社長の愛人は自分のやった都合の悪いことを全て他の人のせいにして社長へ伝えていました。
社長はそれに気づいていても愛人をかばってばかりで結局周りが注意をうけるはめになっていました。
愛人はパン屋のチーフマネージャーを任されていたのですが、お客様からの注文をうけたにも関わらず、現場のスタッフに伝えるのを忘れ、結局お客様の手元に商品が届かなかったことがあり、その時には商品はあったのにキープして置いておくのを忘れたことを隠すために、今日はそのパンは焼かれていなかったんです。と分かりやすい嘘をついていました。
結局そのお客様は愛人に注文をすることはそれからなくなりました。
問題は社長と愛人だけではありません。
社長の息子は店長をしていて、奥さんと2人のお子さんがいました。ですが、私の1番慕っていた先輩を好きになったらしくずっとストーカー行為をしていました。
毎日のようにくる『〇〇さんが好きなんだ』といったようなメールや、朝先輩しかいなくて遅番の私はまだ出勤をしていない時間帯に店長がやってきてカウンターの下で手を握ったり抱きついたりしていたようなんです。
そのため、仲の良い先輩を助けたく1時間近く早く出勤をして2人っきりにさせないようにしたり、店長が来た時には先輩と店長の間にはいるようにしたりと大変な思いをしました。
ですが、社長はそのことに気づいても息子を責めるどころか先輩のことを責め、先輩はストレス性胃腸炎になってしまいました。
そのゴタゴタに巻き込まれ私まで毎日のように腹痛と下痢に悩まされるようになっていきました。
その時にはもう仕事を辞めてやろうと思っていたのですが、その先輩にもう少し待ってほしいといわれ先輩が辞めれる時まで待つことになりました。
結局、2人とも精神的にも肉体的にも限界がきて一緒の時期に辞めることになりました。
辞める時も人数が少なかったため、辞めないでくれもう少しでいいからと止められ月の半ばに辞める予定が月末まで延ばされたりと大変でした。